慰霊

 下増田小学校では、5名の子どもが津波で流された。
 最初に見つかった子は、5年生の子で、母、姉、3年生の弟といっしょだった。名札をつけていたので、身元がすぐわかった。その数日後に、4年生の子が2名見つかった。
 特別支援学級だった5年生の子は、なかなか見つからない。この子は、自分が3・4年で担任した子だった。母親が学校に来て、「まだ見つからない」と泣いて訴えたが、いっしょに泣くしかなかった。
 しばらくして、この子が見つかり、3年生の子も見つかった。

 学校の避難所が解散して休日となった3月26日、遺体が安置されている葬祭会館に行った。ふだん、葬儀を行う広い部屋に何十体という棺が並んでいた。同時に、こんなにたくさんの人が亡くなるなんて。ありえない、信じられない光景だった。

 5年生の子は、きれいな顔で眠っていた。遺体を見て、死を実感した。

 こんなことは、二度と起こしてはいけない。子どもも住民も守ることが自分の使命だと思い、新しい防災計画、避難計画を考えている。